忘れる、なくなる

私をしっかり形づくってくれていたはずの記憶がいつのまにかすっかり薄らいで、こすったら灰になって飛んで行ってしまいそうな曖昧さになっていた。ことに気付いた。
たしかにここで、過ごした日々があったはずなのに。
窓から見える隣の家のカーテンが変わった。あの店がなくなって、知らないお店ができた。
ときどき話しかけていた茶色い犬がいなくなっていた。
もしもここできゅうに目が覚めたら、この場所がどこだかわかるだろうかと考えたら、自信がなかった。


そしてたぶん今のこの毎日も、いつかこんなふうに、すっかりどこかにいってしまうんだ。
毎日当然のように言葉を交わしている人のことも、どんなメールをやりとりしてたかなんてことも、嘘みたいに。
やっぱり私は書き留めなくちゃいけないなあ。
だって意外とあっさりと、なかったことになっちゃうのだ。哀しくて恐ろしいことに。
自分がどこから来て、何者であるのかなんてことを、私は忘れてしまうのだ。
なにかを得る一方で、なにかを失い続けていることを感じないわけにはいかない。