此処

さっきまで会いたかったのがまるで嘘のよう。
久しぶりに聞く彼の声には現実感がなかった。
声が小さいせいだけじゃない。
相変わらず甘さの残る口調に私の信じる緊張感はなくて、とても遠く感じた。
「どうにかなっちゃうよ」
私の言葉も「まあな」といつものように適当に流し…
今話しているのは誰。この時間に覚えはある?今見えるこの部屋の景色は…。


ばかな彼。必要なのは来週じゃなく今すぐ会うことなのに。
夕方にネイルサロンでたらした桃のオイルがほのかに香る。その指で、受話器を置いた。
彼の顔が思い出せない。私の追う足がみつからない。
たぶんどこにも向かってない。